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STANLEY

Author:STANLEY
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Thailand,Taiwan,Japan,China,India
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雪国情緒

 かれこれ20年ほど前の出来事である。まだ幼かった私は、兄と共に、両親に連れられ北海道に来ていた。12月、氷点下の雪国であった。つい数年前まで香港にいた私にとって、これほど多くの雪を見るのは新鮮な体験だった。大気が青く澄みきっており、降り積もった白雪をまた一段と際立たせた。家、車、街路樹。すべてが雪で覆われ、すべてが一回り大きく見えた。厚手の冬用ジャケットの下に、また何枚もセーターを重ね、パンパンに着膨れした私は、太った子鴨のようにしてよちよちと両親の後ろをついて回り、その姿はいかにも滑稽だったろうと思う。
 私は、新雪の上に手形を残したり、恐る恐る顔を押し付けたりして、まだ始まったばかりの人生に新たな体験を刻み付けた。雪の一片一片の結晶がそのまま残るような、美しい粉雪であった。兄は真っ赤な口をがばりと開け、むしゃむしゃと雪を食べ始め、その様子は大胆というよりも乱心といった態である。

 「明日は、氷点下15度まで下がりますぜ。」
 飛行場から、ホテルへと向かう途中、運転手がそう囁いた。両親は、おやまあ、といった具合に驚いてみせたが、外はすでに身を切るような寒さであった。窓から、顔を外に出すと、寒さがそのまま顔に突き刺さるようで、鼻の頭がすぐに赤くなった。それでも、空は気味悪いほど青かった。
 「坊やたちは、何をするんだい。」
 運転手は、私に声をかけた。頬に無精ひげが伸びており、鼻の頭がやはり赤く染まっていた。「旅館に泊まって、おいしい食事を食べて、温泉にはいるんだ。」と私は、思ったことをそのまま言った。運転手は笑った。両親も笑った。私だけが、ぽかんと白痴のように口を開けていた。
 伝統的で古風な日本旅館に泊まるであろうという私の勝手な想像に反して、ホテルはいかにも近代的な造りであった。一般の、東京の真ん中にあっても何も違和感ない、そういったホテルだった。早くも期待を裏切られたことを、内心残念に思ったが、そんなことはおくびにも出さず、少し大きめのベットの上で無邪気に飛んだり跳ねたりした。私は、こういった時、妙に回りに気を使う子どもだった。

 翌朝、私は買ったばかりのスキーウェアを着て、両親と共に、灰色のゲレンデに立っていた。空は厚い雲に覆われ、それがそのまま背中に圧し掛かるようだった。ただ、灰色の世界がどこまでも続いていた。運転手は、正しかった。新品のスキーウェアを突き抜け、冷気が骨まで達するようであった。寒さで、雪という新たな体験への興奮が、急激に萎んでいくのを感じた。毛糸の帽子を目が隠れるほど深く被り、襟巻きで鼻の上まで包んだ。その様子は、おびえた子亀のようであったと思う。新品のウエアに身を包み、格好ばかりは一人前というふうだったが、私は母の後ろについて、スキーボードをハの字にしてジリジリと緩やかな傾斜を降りていくだけだった。二つ上の兄は、しばらく一緒に滑った後、もう感覚を掴んだようで、しまいにはストックを脇の下に挟み、膝を曲げ、不敵な笑みを浮かべてしゅるしゅると私の前を滑り落ちていった。それを見て、私も試しにストックを脇に挟んで見たが、速度が上がるどころか、バランスを失い、雪煙を上げ下へ下へと転げ落ちていった。その姿は、滑稽というよりもむしろ悲劇的であった。気づいたときには、スキー板もストックも私の遥か上方に無残に散らばっていた。立ち上がると、冷たい風がまたどこからか吹いてきて、私はぶるりと身を振るわせた。やがて母は、それらを拾いながら滑り降りてきた。
 その日一日、そんな事の繰り返しであった。私が嫌になったのは、言うまでもないことである。こんなくだらない事をしに、わざわざ飛行機で遥か北方の雪国までやって来たのかと、幾分か悲惨な気分になった。一足早く要領を飲み込んだ兄は、父と共に別のコースへと進み、すでに姿が見えなくなっていた。いよいよ私は悲劇的な気分になった。
 「もう、いいよ」
 私は、わざと沈痛な面持ちで声をあげた。ちらりと、母の顔を見たがゴーグルのせい表情が読み取れない。しばらく間を置いて、母は「だらしないわね」と静かに答えた。その通り自分はだらしがないのだと、ただ卑屈な気分になりながら、とにかく下まで下りて、休憩所に向かった。昼過ぎで、中はまだ混雑していて、いたるところに備え付けられたストーブのせいか、蒸し暑かった。食堂に入り、座席に腰掛けて帽子を脱いで、はじめて自分が随分汗をかいている事に気づいた。髪の毛に絡みついた氷が、中の熱気で解けて、テーブルの上に滴り落ちた。私は、そこで母の買ってきたうどんを食べながら、ちょうど私くらいの年齢の子供たちが、やはり髪の毛に氷を絡ませて、休憩所の食堂に出入りするのをぼんやり眺めていた。
 小一時間ほど経っただろうか。父と兄がゲレンデから戻ってきた。兄は自信に満ち溢れた表情を浮かべていた。
 「これからどうするの?」
 「すこし休憩して、ナイターをまた滑りに行こうと思う」
 「あら、そう。私はどうしようかしら。」
 そう言って、母はちらりと私の顔を見た。私は、黙っていた。兄は口の端を奇妙に歪めて、侮蔑的な笑みを私のほうに向けた。
 外では、雪颪がまた一段と激しくなった。白い風が、大気を揺るがすようにして吹き荒んだ。それで、しばらくは家族そろって食堂で休むこととなった。私にとって、食堂は敗者の寄り合い、兄にとっては祝勝会である。お互い、顔面に残るゴーグルの痕がまた生々しかった。うどんとストーブで私の体はすっかり火照り、窓の外の景色は、何か非現実的なものに感じられた。
 
 やがて、日は傾き、それに呼応するように嵐が止んだ。ゲレンデの電灯が灯り、降り積もった雪を仄かに黄色く照らした。
 「さて、ナイター行くか」
 父と兄が立ち上がった。私も立ち上がった。すると、ぎょっとするように母が私の顔を見て、尋ねた。
 「あんたも行くの?」
 「行く」
 兄の態度が気に触り、対抗心に火がついたわけではなかった。休憩して、気を持ち直したというわけでもなかった。ただ、ナイターという、その音韻に惹かれたのだった。スキーという言葉が、雪山を転げ落ちる悲劇を連想させる一方、ナイターという言葉には、何か別の魅力が隠されているように思えた。ナイター。その音韻が、ただ私の好奇心を刺激した。
 
 ゲレンデは海の底に沈んだように、しいんと静かだった。雪は止んでいた。昼間のスキー客は、殆ど誰もいない。二人乗りのリフトに、父と兄が、そしてその後ろに、母と私が腰掛けた。リフトはゆっくり、私たちを山頂まで乗せて、昇っていった。リフトに備え付けられた電灯が、暗闇の中でぼんやり輝き、雪がそれを仄かに反射した。先の嵐のせいで、昼間のスキー客の残した滑り痕は、すでに掻き消されて、ゲレンデは新雪で覆われていた。夜のために、新たなゲレンデが浮かび上がったようであった。白うさぎが、私たちの遥か下で、小さな足跡を残しながら走り去っていった。
 夜の風に乗って、雪の華が、その造形を保ったまま舞い降りてきた。私の襟巻きに落ちた雪の結晶を、母が払い落とした。私は、母の顔をちらりと見た。やはりゴーグルで表情が見えない。けれども、私は、きっと母は笑っているのだと思った。私は、もう一度リフトの上からゲレンデを見渡した。それは、雪が幽かに光を反射し、山頂から静かに流れ落ちる、白い大河のようであった。そうか、そうか、これを見るために北海道まで来たのか。私は、心が波打つのを感じた。美しい夜であった。

 それから、15年。私は、父母の膝下を離れ、海を越えて、シカゴへとやって来た。いつか訪れた北海道と同じ、雪国であった。
 「今晩は、かなり冷え込みますぜ。」
 夜間に、たまたま立ち寄ったガソリンスタンドで、男が私に囁いた。雪がちらつき、すでに身を切るような寒さだった。私は顔を半分ジャケットの襟の中に埋めて言った。
 「そうだね。」
 回りを見渡すと、すでに雪がうっすらと積もり始め、街灯に照らされて黄色く輝いて見えた。雪が音を吸い込み、町はひっそりと静まり返っている。私の肩に、雪の結晶が一片舞い降りた。空を見上げた。遥か雪夜の奥に、リフトに乗って、ゆっくり雪山を登っていく親子の姿が浮か上がった。

テーマ:物書きのひとりごと
ジャンル:小説・文学

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