プロフィール

STANLEY

Author:STANLEY
Sex: man
Hobby: Nationality:
Basketball, Travel,
Reading books

Asian American

◆I have ever been to
U.S(SF, Chicago, NY, Houston),Canada
Mexico,Panama,Paraguay,Argentina
Thailand,Taiwan,Japan,China,India
Australia, New Zealand,Israel

最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
Access Counter
Footmark
Please Click it
RSSフィード

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

雪国情緒

 かれこれ20年ほど前の出来事である。まだ幼かった私は、兄と共に、両親に連れられ北海道に来ていた。12月、氷点下の雪国であった。つい数年前まで香港にいた私にとって、これほど多くの雪を見るのは新鮮な体験だった。大気が青く澄みきっており、降り積もった白雪をまた一段と際立たせた。家、車、街路樹。すべてが雪で覆われ、すべてが一回り大きく見えた。厚手の冬用ジャケットの下に、また何枚もセーターを重ね、パンパンに着膨れした私は、太った子鴨のようにしてよちよちと両親の後ろをついて回り、その姿はいかにも滑稽だったろうと思う。
 私は、新雪の上に手形を残したり、恐る恐る顔を押し付けたりして、まだ始まったばかりの人生に新たな体験を刻み付けた。雪の一片一片の結晶がそのまま残るような、美しい粉雪であった。兄は真っ赤な口をがばりと開け、むしゃむしゃと雪を食べ始め、その様子は大胆というよりも乱心といった態である。

 「明日は、氷点下15度まで下がりますぜ。」
 飛行場から、ホテルへと向かう途中、運転手がそう囁いた。両親は、おやまあ、といった具合に驚いてみせたが、外はすでに身を切るような寒さであった。窓から、顔を外に出すと、寒さがそのまま顔に突き刺さるようで、鼻の頭がすぐに赤くなった。それでも、空は気味悪いほど青かった。
 「坊やたちは、何をするんだい。」
 運転手は、私に声をかけた。頬に無精ひげが伸びており、鼻の頭がやはり赤く染まっていた。「旅館に泊まって、おいしい食事を食べて、温泉にはいるんだ。」と私は、思ったことをそのまま言った。運転手は笑った。両親も笑った。私だけが、ぽかんと白痴のように口を開けていた。
 伝統的で古風な日本旅館に泊まるであろうという私の勝手な想像に反して、ホテルはいかにも近代的な造りであった。一般の、東京の真ん中にあっても何も違和感ない、そういったホテルだった。早くも期待を裏切られたことを、内心残念に思ったが、そんなことはおくびにも出さず、少し大きめのベットの上で無邪気に飛んだり跳ねたりした。私は、こういった時、妙に回りに気を使う子どもだった。

 翌朝、私は買ったばかりのスキーウェアを着て、両親と共に、灰色のゲレンデに立っていた。空は厚い雲に覆われ、それがそのまま背中に圧し掛かるようだった。ただ、灰色の世界がどこまでも続いていた。運転手は、正しかった。新品のスキーウェアを突き抜け、冷気が骨まで達するようであった。寒さで、雪という新たな体験への興奮が、急激に萎んでいくのを感じた。毛糸の帽子を目が隠れるほど深く被り、襟巻きで鼻の上まで包んだ。その様子は、おびえた子亀のようであったと思う。新品のウエアに身を包み、格好ばかりは一人前というふうだったが、私は母の後ろについて、スキーボードをハの字にしてジリジリと緩やかな傾斜を降りていくだけだった。二つ上の兄は、しばらく一緒に滑った後、もう感覚を掴んだようで、しまいにはストックを脇の下に挟み、膝を曲げ、不敵な笑みを浮かべてしゅるしゅると私の前を滑り落ちていった。それを見て、私も試しにストックを脇に挟んで見たが、速度が上がるどころか、バランスを失い、雪煙を上げ下へ下へと転げ落ちていった。その姿は、滑稽というよりもむしろ悲劇的であった。気づいたときには、スキー板もストックも私の遥か上方に無残に散らばっていた。立ち上がると、冷たい風がまたどこからか吹いてきて、私はぶるりと身を振るわせた。やがて母は、それらを拾いながら滑り降りてきた。
 その日一日、そんな事の繰り返しであった。私が嫌になったのは、言うまでもないことである。こんなくだらない事をしに、わざわざ飛行機で遥か北方の雪国までやって来たのかと、幾分か悲惨な気分になった。一足早く要領を飲み込んだ兄は、父と共に別のコースへと進み、すでに姿が見えなくなっていた。いよいよ私は悲劇的な気分になった。
 「もう、いいよ」
 私は、わざと沈痛な面持ちで声をあげた。ちらりと、母の顔を見たがゴーグルのせい表情が読み取れない。しばらく間を置いて、母は「だらしないわね」と静かに答えた。その通り自分はだらしがないのだと、ただ卑屈な気分になりながら、とにかく下まで下りて、休憩所に向かった。昼過ぎで、中はまだ混雑していて、いたるところに備え付けられたストーブのせいか、蒸し暑かった。食堂に入り、座席に腰掛けて帽子を脱いで、はじめて自分が随分汗をかいている事に気づいた。髪の毛に絡みついた氷が、中の熱気で解けて、テーブルの上に滴り落ちた。私は、そこで母の買ってきたうどんを食べながら、ちょうど私くらいの年齢の子供たちが、やはり髪の毛に氷を絡ませて、休憩所の食堂に出入りするのをぼんやり眺めていた。
 小一時間ほど経っただろうか。父と兄がゲレンデから戻ってきた。兄は自信に満ち溢れた表情を浮かべていた。
 「これからどうするの?」
 「すこし休憩して、ナイターをまた滑りに行こうと思う」
 「あら、そう。私はどうしようかしら。」
 そう言って、母はちらりと私の顔を見た。私は、黙っていた。兄は口の端を奇妙に歪めて、侮蔑的な笑みを私のほうに向けた。
 外では、雪颪がまた一段と激しくなった。白い風が、大気を揺るがすようにして吹き荒んだ。それで、しばらくは家族そろって食堂で休むこととなった。私にとって、食堂は敗者の寄り合い、兄にとっては祝勝会である。お互い、顔面に残るゴーグルの痕がまた生々しかった。うどんとストーブで私の体はすっかり火照り、窓の外の景色は、何か非現実的なものに感じられた。
 
 やがて、日は傾き、それに呼応するように嵐が止んだ。ゲレンデの電灯が灯り、降り積もった雪を仄かに黄色く照らした。
 「さて、ナイター行くか」
 父と兄が立ち上がった。私も立ち上がった。すると、ぎょっとするように母が私の顔を見て、尋ねた。
 「あんたも行くの?」
 「行く」
 兄の態度が気に触り、対抗心に火がついたわけではなかった。休憩して、気を持ち直したというわけでもなかった。ただ、ナイターという、その音韻に惹かれたのだった。スキーという言葉が、雪山を転げ落ちる悲劇を連想させる一方、ナイターという言葉には、何か別の魅力が隠されているように思えた。ナイター。その音韻が、ただ私の好奇心を刺激した。
 
 ゲレンデは海の底に沈んだように、しいんと静かだった。雪は止んでいた。昼間のスキー客は、殆ど誰もいない。二人乗りのリフトに、父と兄が、そしてその後ろに、母と私が腰掛けた。リフトはゆっくり、私たちを山頂まで乗せて、昇っていった。リフトに備え付けられた電灯が、暗闇の中でぼんやり輝き、雪がそれを仄かに反射した。先の嵐のせいで、昼間のスキー客の残した滑り痕は、すでに掻き消されて、ゲレンデは新雪で覆われていた。夜のために、新たなゲレンデが浮かび上がったようであった。白うさぎが、私たちの遥か下で、小さな足跡を残しながら走り去っていった。
 夜の風に乗って、雪の華が、その造形を保ったまま舞い降りてきた。私の襟巻きに落ちた雪の結晶を、母が払い落とした。私は、母の顔をちらりと見た。やはりゴーグルで表情が見えない。けれども、私は、きっと母は笑っているのだと思った。私は、もう一度リフトの上からゲレンデを見渡した。それは、雪が幽かに光を反射し、山頂から静かに流れ落ちる、白い大河のようであった。そうか、そうか、これを見るために北海道まで来たのか。私は、心が波打つのを感じた。美しい夜であった。

 それから、15年。私は、父母の膝下を離れ、海を越えて、シカゴへとやって来た。いつか訪れた北海道と同じ、雪国であった。
 「今晩は、かなり冷え込みますぜ。」
 夜間に、たまたま立ち寄ったガソリンスタンドで、男が私に囁いた。雪がちらつき、すでに身を切るような寒さだった。私は顔を半分ジャケットの襟の中に埋めて言った。
 「そうだね。」
 回りを見渡すと、すでに雪がうっすらと積もり始め、街灯に照らされて黄色く輝いて見えた。雪が音を吸い込み、町はひっそりと静まり返っている。私の肩に、雪の結晶が一片舞い降りた。空を見上げた。遥か雪夜の奥に、リフトに乗って、ゆっくり雪山を登っていく親子の姿が浮か上がった。

スポンサーサイト

テーマ:物書きのひとりごと
ジャンル:小説・文学

日本にまつわるとんでもない誤解

 本人は、とにかく誤解されているのだ。たとえば、芸者さんと売春婦を混同している人がいる。日本人は皆、アニメ好きだと思い込んでいる人もいる。中には、日本人は寿司を毎日食べていると思っている人すらいるのだ。だから、今回の旅行を通しての私のミッションはこれだ。毎回、食事の写真を撮る!そして、証明するのだ、日本人は寿司など食わんと。まあ、当然、それほど必死になって日本文化を代弁するほど、私は愛国的な人間ではないけれど。
 それにしても、10日も日本にいて、一度も寿司を食べなかったというのは、やぱっりちょっと心残りな気もする。ラーメンは食べたけどね。

 Japan is often misunderstood. Some American think geisha are prostitutes...and other believe that Japanese eat Sushi every day! So here is my mission during my vacation. I take all pictures of meal I have in Japan. Then I prove that Japanese doesn't eat Sushi!...Well, I'm not that patriotic person...I don't have to be desperate to do that...haha.
But still I was a little bit sad, 'cause I didn't have any chance to eat Sushi this time. I ate a Ramen, though.

日本食 
日本人はこういうものを毎日食べている(嘘)

日本国旗を燃やす人々

 しばらく大人しくなっていたと思ったら、ふいに過激な盛り上がりをみせる。何が、そう国民を焚きつけるのか。尖閣・竹島・北方領土を巡る領土問題の話だ。

 そもそも私自身が中学生のときは、北方領土以外の領土問題など歴史の授業でも取り上げられる事はほとんどなかった。ただ自分の勉強不足だっただけかもしれないが、もともと島国ゆえに日本人には国境意識があまり高くないのはたしかだ。歴史を通じて国境を巡る争いを中国や韓国ほど経験していないからだ。ところが、なぜか今このタイミングで領土問題が加熱しはじめた。一部の日本人が言うように、弱体化し始めた日本の領土を周辺諸国がついに侵略し始めたのか。

 韓国について言えば、おおよそどこでも言われているように、政治的スキャンダルで失脚しかけた大統領が、愛国者ぶりを韓国民にアピールしているというのが、正しいようだ。李大統領の「天皇への謝罪要求」が日本を怒らせた、というような報道も見かけるのだが、本当のところどうなのだろう。いまどきの世代にとって、「天皇」を批判される事は、それほど我慢ならない事なのだろうか。歴史的に韓国は常に日中双方から領土侵略の憂き目にあってきたので、領土問題で敏感になるのは理解できる。せっせと日本国旗を燃やす韓国人を、横で日本人は白い目で見ているというのが、正確な表現に思う。

 中国政府のでかたは、もうすこし賢くて、国内の問題から国民の目をそらしたいときは、領土問題を取り上げ、そうでないときは、押さえ込むという分かりやすい方法をとっている。今回、尖閣に上陸したのは、香港の活動家らしい。香港というと、中国本土と異なり、報道の自由がある民主的・親日的な地というイメージがあるが、領土問題とそれは全く関係ないようだ。尖閣諸島は中国のものという意識は、10億を超す華人社会全体の共通認識なのだという。活動家をときに焚きつけ時に押さえ込んで、それでいてアメリカの出方を観察する、中国の悪賢さが垣間見れる。それでも、胡錦濤国家主席から習近平副主席への政権移譲があるこの時期に、中国もあまり問題を増やしたくはないはずだが・・・

 アメリカといえば、尖閣諸島はクリントン国務長官によれば一応「安保対象」らしい。かといって、それがただちに武力援助に結びつくわけでもないという曖昧な態度だ。当然、日本としてはそれでは困るわけで、中国に対しては、尖閣に武力行使しようものなら第3次世界大戦に発展するぞ、という脅しを日本としては使いたい。そんなわけで、日本の外相はせっせとアメリカに飛んでは、「安保対象」発言をアメリカの政府高官に繰り返させる。そして「安保対象」発言があるたびに、くどいほどメディアが同じニュースを流す。中国も第3次世界大戦を引き起こしてまで、尖閣を手に入れたいわけでも、その準備があるわけでもない。

 愛国心と奇妙な国境意識が、また戦争の火種をつくる。結局、おかしなプライドの応酬で傷つくのは自分たちだというのに。『国境』線上の権利についてもっと違った枠組みがそれぞれの国家に必要なのだろう。そもそも「日本人」「韓国人」「中国人」などという枠組みは近代国家が作り上げた虚像で、教科書は何千年も前から歴史を共有してきたような書き方をするが、それも単なる洗脳だ。本来個人の生活に何の関係もない領土問題で、暇な人間が自分のプライドを守るために行なうデモなど、守るべき国境などない私にとって、あまりにも馬鹿馬鹿しい。

アメリカに広がる日本文化

 シカゴでは1994年以来、毎年G-Festというゴジラファン向けイベントを開催している。ゴジラといってもアメリカ版Godzillaではなく、日本の怪獣映画である。日本在住の人ならアメリカでなんで・・・と思うに違いないのだが、全米に意外とゴジラファンは多く、毎年1000人超が集まり、さらには日本からウルトラマンやゴジラに出演した俳優などを招いてサイン会をしたりと、すごい盛り上がりようなのだという。
 個人的には、ゴジラにはあまり興味がない。五輪ほど一般大衆向けでないし、G8やNATOサミットのように世界情勢に影響を与えるわけでもない。興味のない人間にとってはどうでもいいイベントだ。しかし、遠くアメリカでゴジラファンがこんなにも多いという事情は興味深い。そのほかにも、アニメフェスティバルなるものもあり、秋葉原よろしくコスプレショーも開催する。
 これだけ、日本のアニメ・映画そして音楽もアメリカに進出しながら、どうして「ドラえもん」はアメリカで浸透しないのか。宮崎アニメや鉄腕アトムは有名になったにも関わらず、ドラえもんの認知度の低さは、「ドラえもん」ファンとしてどうも納得がいかない。ギャクの質が落語的でありアメリカではウケないというような話もあるが、個人的に「シンプソンズ」と似たようなものだと思う。言葉遊びのようなギャグも多いので、翻訳は難しいとは思うが、アジア圏でドラえもんが結構人気な説明にはならない。

 あまり読んだ事のない人にはわからないと思うが、ドラえもんはのび太くんの「ドラえも~ん」で無理に回を重ねただけの退屈なギャグ漫画では決してない。そもそも話の展開を無視して適当に抜き取ったコマを見るだけでかなり笑える。

ドラえもん6  ドラえもん5


子供向けのわりに、かなり過激な発言も目立つ。
ドラえもん3  ドラえもん4


こどものときに読むと意味が分からないのだが、大人になって読み返すと冷や冷やするネタが多い。
ドラえもん1

挙げはじめるときりがないのでこれくらいに。やはり藤子先生は天才だ。
・・・長々と書いたが、これもまた興味のない人にはどうでもいい話。とはいえ、日本の現代っ子の暮らしぶりを知るには、「ドラえもん」はいい教材だと思う。アメリカでも是非広まって欲しいものだ。



上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。