プロフィール

STANLEY

Author:STANLEY
Sex: man
Hobby: Nationality:
Basketball, Travel,
Reading books

Asian American

◆I have ever been to
U.S(SF, Chicago, NY, Houston),Canada
Mexico,Panama,Paraguay,Argentina
Thailand,Taiwan,Japan,China,India
Australia, New Zealand,Israel

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告白

 私が孤独だ、と言うと人々は決まって鼻で笑った。なんだ、やっぱりそうなのか、と。寂しいのだな、と。照れたように、そして少し安心したように、にっこり笑う。そして、こう話をつづける。いいんだよ、君だけじゃあない、君くらいの年の頃は誰だって、もしかすると一生自分はこのまま一人なんじゃないか、結婚もできないんじゃないかと、不安になるものさ。でも大丈夫、いい人はいずれ現れるさ、なんならいい人を紹介しようか、と。
 また、ある人はこう言う。まだ君は若いじゃないか、と。私が結婚したのは30台半ばだった、まだまだ君は若いよ、と。殆ど悲鳴に近い叫び声を上げた後、独身生活を楽しむ秘訣なるものを語り始める。そうして、やっぱり最後には彼もにこりと笑う。私も、無理してお世辞を言う子供のように奇妙に顔を歪め、笑顔を取り繕う。
 「孤独」という言葉が、人々の脳内で勝手に肥大し、ありもしない虚像を作り上げていく。同じ言語を話しているはずなのに、全く話が通じない。この恐怖、驚愕を本当の孤独という。価値観が根本から異なる人間同士で会話する場合、どちらか一方が偽って他方に合わせるか、もしくは戦争をするかの二者択一となる。もちろんたいていの人間は、戦争など望まず、私もまた同様である。かといって、嘘をつく気もない。すると私に許されるのは、もはや新聞の切り抜きのような会話しかなくなる。「今日は晴れていますね」とか「風が強いですね」とか、そういった類の会話である。誰しもが同調するはずの、一般的な事実である。

 理解されようと努力する点で、私はいたって怠惰だった。というのも、本当のことを言えば他人を傷つけるのではないか、狂人扱いされるのではないかと、恐れたためである。注意深く話題を選び、特定の話題を避けた。最近深夜になると、私の枕元に山羊が訪れる。気が違ったなどと、思わないでほしい。私はあくまで正常である。しかしそれだけでない、昼間に外を歩いていると赤茶色の奇妙な犬があとを憑けて来るし、ありもしない電話が引っ切り無しに鳴り続ける。当然、他人を傷つけないためにもこんな話は一切しない。すると自然に口数も少なくなる。そしてたまに嘘もつく。こうして私の心は徐々に壊死していった。
 ごく幼いときから、私には何と答えれば周りが感心するか、喜ぶかを良く心得ていた。「純真さ」と「目立たない賢さ」である。単に無垢であるだけでは見下されるだけで、賢さをひけらかせば反感を買う。しかし、この二つが両立する際、人々は私をよく褒めた。たとえば、である。「将来の夢は?」と聞かれた場合、「宇宙飛行士」と答えるのは簡単だが、それだけではいけない。具体的にどの学問が宇宙飛行士なるために必須なのか、答えなくてはいけない。間違っても「宇宙飛行士になって、誰々さんのようになりたいです」などと答えてはいけないのだ。もちろん、これは6歳の子供の会話であって、20代の青年にそのまま当てはまるわけではない。しかし、原則は同じである。

 長いこと、私は自分は他人と根本的にどこか違うのだという感覚に悩まされてきた。自分のありのままを理解されようとは、全く思わなかったし、期待もしなかったが、他人と同じようにならねばならぬという一種の脅迫観念に取り憑かれていた。それで、好きでもないことも、随分率先してやった。他人にならねばならぬ、と信じていた。
 それでも、どうしても関心を持てないことがあり、やがて、それが自分の周りの人間の人生の根幹を成している事に気づいた。それが結婚と子供である。これは非難されるべき話ではないと思う。永遠のロマンスなど嘘の骨頂であり、多少大人になれば誰でも知ってることである。夫婦愛は永遠ではない。そうであれば、誰も再婚などしないのである。多くの人を結婚に揺り動かすのは、ロマンスではなく、社会的な目である。

 それにしても、と私は考える。どうしてこれほど私は異なるのだろう。休日に友人とパーティを開き、よい仕事を見つけ、女性と恋に落ち、結婚し、子供をつくる。これだけの事に、あらゆる人が燃やす執念を私は理解できない。しかし、もしかすると、とまた私は考える。私の後ろを憑けて来る犬。見えているんだろうか。ねえ、やっぱりあなたにも見えているんでしょう?と友人に私は尋ねる。この新しい友人は、いい男なんだが、少し奇妙だ。毎回、白い服ばかり着ている。彼は、にこりと笑う。そしてこう言う。「大丈夫ですよ、カミルさん。ちょっと疲れているだけです。ゆっくり休んでください。」勧められた錠剤を言われたとおり飲み干す。どこからか幸せな気持ちが湧き上がり、うとうとし始める。今夜はゆっくり眠れそうだ。


*これはフィクションです。
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コラム 3月2日付

『ウェルカム』

“Welcome(ようこそ)”という言葉が好きだ。見知らぬ外国の地に降り立った日に、飛行場に掲げられたこの歓迎の言葉を見るたび、どこかほっとした気持ちになる。旅行好きの私にとって、これはいつも旅はじめの言葉だった。

 しかし実際には、誰でもウェルカムというわけにはいかないのが現実だ。ここアメリカでは年間40万人もの不法移民が本国へ強制送還されている。いわゆる「招かれざる客」といった人々だ。それでも現在、アメリカで働く不法移民は1000万を超えるといわれ、アメリカ経済を支える重要な労働力となっている。

 もとは移民によって作られた国アメリカでも、移民と現地人の間でいざこざは絶えない。伝統文化の保存や治安・宗教の問題など移民の受け入れには常に困難がつきまとう。16歳以前に入国した犯罪歴のない不法移民に、一定の条件を満たせば市民権を与えるとした通称「ドリーム法」も長い審議を経た後、結局否決された。移民問題はEUでも深刻だ。ドイツでは、メルケル首相が「多文化主義は完全に失敗した」と発言して波紋を広げたが、その後、ノルウェーで「反移民・反多文化主義」を動機とするアンネシュ・ブレイビクによる連続テロが起きた。

 日本でも人口減少時代を迎え、新たな労働力と経済活性のため、移民の受け入れが検討されている。しかし、移民に対する日本国民の警戒心はまだ強いようだ。誰でも、自分の隣に文化も言葉も異なる人間が住み着くのを、あまり居心地の良い話とは思わないのだろう。しかし、こうして日系移民としてアメリカにやって来た者としては、移民排他のような異文化に不寛容な動きを少し淋しく思ったりする。



コラム 2月10日付

 「無関心は罪」という言葉がある。グローバル化した世界で、世界中の製品や情報がますます手軽に手に入るようになったが、他国で起きている事柄を身近な事としてとらえるのは意外と難しいように思う。実際、世間の無関心から、重大な事件が見過ごされてしまう事もある。国連PKOの司令官だったロメオ・ダレール氏はそんな体験をし、彼のインタビューを読んで以来、私は報道に関心を持つようになった。

 オランダに生まれ、若くして軍人となった彼はルワンダで国連平和維持軍の司令官として働き始める。ところが94年、大戦後最悪ともいわれるルワンダでの虐殺を目の当たりにし、彼の人生は大きく狂う事になる。たった3ヶ月で100万人もの死者をだした民族対立は、当初、世界のどの国からもほとんど注目を集めなかった。再三の援軍要請も拒否され、スイスほどの国土に残された国連軍はたった300人程度。石油も何の天然資源も持たないアフリカの小国は、他国にとって介入する価値のない国だったのだ。そして、この心優しい軍人は、虐殺を止められなかった自責の念とトラウマから、後に薬物自殺を図り、公園でこん睡状態となって発見される。

 ルワンダの大量虐殺から10年以上経ったが、いまだに世界中で紛争と暴力の連鎖が続いている。シリアでは、この1年で5000人超の死者を出す内乱が続いており、大国の思惑に翻弄された末に、非難決議も否決されてしまった。アフリカの角とも呼ばれるソマリアやスーダンでも歯止めのきかない暴力が蔓延している。

 幸い、東北大震災は世界の注目を集め、日本はたくさんの援助や義援金を受けた。そのことを忘れずに、私たちも、世界をもっと身近に生きていきたいものだ。

テーマ:アフリカ
ジャンル:海外情報

コラム 10月28日付

『動物農場』より

 G・オーウェルの小説に「動物農場」というものがある。人間が利益を搾取している事に気づいた農場の動物たちが、革命で人間を農場から追い出し、動物主体の農場、動物農場を作るという寓話だった。二匹の雄豚に率いられ、すべての動物は平等であるとした理念のもと、革命を推進する動物たち。当初は希望に胸を膨らませ、勝ち取った自由を満喫する彼らだったが、しだいに動物農場が理想とはかけ離れていくことに気づく。独裁者と化した雄豚に、劣悪な労働を強要される動物たち。もともと、この小説は旧ソビエトをモデルにしたとされている。
 折しも、21世紀の今、中東ではチュニジアをはじめ、革命の嵐が吹き荒れている。リビアでは24年間トップの座に居座り続けたカダフィ大佐が私刑されるという事件も起きた。反政府デモの波は、シリア、イエメンなど中東各地に広がりをみせている。この動きは、期待をこめてアラブの春とも形容されるが、本当に民主的な国家が生まれるのか、それとも過激なイスラム国家になるのか、はたまた内戦の泥沼化など世界の中東を見つめる目はいまだ不安げだ。
 動物農場では物語の最後、風車の建設が生活を楽にするという議論をめぐり、一匹の雄ロバがこんな事をいう。「風車があろうとなかろうと人生は変わるようにしか変わらない・・・つまり悪い方に」。天然資源の乏しい日本では安定したエネルギー供給のため、戦後多くの原子力発電所が作られたが、震災後その動きが変わろうとしている。中東の混乱に放射能問題など世界の問題は山積みだ。歴史は繰り返すというが、動物農場で彼の語った言葉が真実とならないことを期待したい。

Stanley

テーマ:海外情報
ジャンル:海外情報

コラム 2011年10月14日付

*保存用に新聞に掲載してもらったコラム随時掲載します。


 先日、休みを利用してシカゴ美術館へ行ってきた。私のお気に入りは2階の印象派・後期印象派画家たちで、行くとたいていは一番初めに足を運ぶ。中でも強烈なオーラを放っているのが、ゴッホの自画像だ。小さい絵ながら、皆吸い寄せられるように集まり写真を撮っている。いまでこそ巨匠として有名になったゴッホだが、生前彼の絵に注目した人はほとんどいなかった。
 もともと画家志望ではなかった彼は、グーピル商会で美術商として働いていたものの、失恋を機に勤務態度が急激に悪化、解雇されてしまう。そののち貧しい人々を救おうと、教師職を目指したり、伝道師になろうと熱心に聖書を研究したりしたものの結局うまくはいかなかったようだ。彼が正式に画家を志すのは27歳。後に巨匠と呼ばれる画家としてはあまりにも遅いスタートだったかもしれない。
 彼はほぼ独学で絵を完成されていった。正確には美術アカデミーに通ったことがあるものの、まるで評価されず、数ヶ月で学校を去っている。その後は、親戚の画家のもとで油絵を習ったり、自分で本を読んで研究して猛烈な努力を払ったようだ。
 いずれにせよ、ゴッホを経済的に援助し続けた弟テオを除いて、彼の絵は生涯ほとんど誰からも相手にされなかった。37歳でピストル自殺するまでの10年間、売れた絵はたったの一枚。それでも描き続けたゴッホの気迫に驚かずにはいられないとともに、自画像からもそんな苦悩に満ちた彼の人生が垣間見られる。
 もちろんシカゴ美術館のおすすめはゴッホだけではない。中世の宗教絵画からモダンアートまで幅広いジャンルの芸術作品が展示されている。今度の週末、シカゴ美術館で芸術の秋を楽しむのはいかがだろうか。



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