プロフィール

STANLEY

Author:STANLEY
Sex: man
Hobby: Nationality:
Basketball, Travel,
Reading books

Asian American

◆I have ever been to
U.S(SF, Chicago, NY, Houston),Canada
Mexico,Panama,Paraguay,Argentina
Thailand,Taiwan,Japan,China,India
Australia, New Zealand,Israel

最近の記事
最近のコメント
カテゴリー
Access Counter
Footmark
Please Click it
RSSフィード

スポンサーサイト

上記の広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。
新しい記事を書く事で広告が消せます。

アメリカ・アメリカ

  17歳で旅を始めた。バックパック旅行に憧れて、安宿を巡るような旅が格好良く思えたものだ。オーストラリアに始まり、香港、そしてアメリカ。まだ10代だった自分にとって、アメリカ合衆国は「遠い夢の国」で、21歳のときそのまま渡米してしまった。若さの勢いのおかげで酷く滑稽な苦労を幾らかして、昔に比べれば随分「孤独」を恐れるようになったけれど、アドレナリンが全身を駆け巡るような興奮をいまだに求めている。

自由の女神と夕焼け
ブルックリンブリッジから見える自由の女神

スポンサーサイト

アルバニアの女

「どこから来たんだい?」
年明けに理髪店に行くと、訛りのきつい英語で担当の女にそう尋ねられた。
「日本だよ」
「随分遠いとこから来たのね」
「あなたは?」
「アルバニアさ」
女はおそらく60代後半。不機嫌そうな表情のまま、黙々と私の髪を切り始める。

「全く寒いね」私は会話を続ける。
「今日はまだいいほうさ、来週はずっとマイナス20度っていうからね。」
マイナス20度。呼吸をするにも苦労する、あの寒さ。まったく憂鬱だ。

「仕事に来るのも大変だろうね」
「旦那に車で送ってもらうさ」
「いいご主人だね」
「あたりまえさ!」
女は不機嫌そうに声をあげる。そうして象みたいに目を細めて、胡散臭そうに私を見る。
「結婚はしているのかい?」
「いや、」
「ガールフレンドは?」
「今はいないな」
しばらくの沈黙。そしてため息。
「なんだってこんな国へ・・・・自分の国で、仕事を見つけて、結婚して、子どもを作って、そうすりゃよかったのに」
それができれば楽だったさ、と私は考える。でもそれが私にはできなかった。
「若かったからね。冒険がしたかったのさ。」
できるだけ正直に、そして無垢を装って私はそう答えた。すると女は、苦笑いを浮かべ、孫でも見るかのように私の顔を見た。女はもう一度ため息をつき、一言。「まあ、好きにするんだね」

 好きに生きてきたし、これからもそうするつもりだ。しかし、うまくいかないこともある。
 2014年を振り返ると、慢性的な憂鬱の年であったと思う。たしかに、仕事を変ったりと若干の変化はあったのだが、これといった大事件も悲劇も何もなかった。慣れない仕事に追われ、2014年の後半は嵐のように過ぎ去り、虚脱感と無力感だけが残った。旅行にも行かず、冒険もない。退屈な一年だった。
 到底達成できそうにない目標を掲げるのはやめるにしても、2015年には少なくとも旅行には行きたい。私にはやはり、それが必要だ。私の身体に絶えずまとわりついている粘着質なしがらみから逃れ、時には自由な空気を吸ったほうがよい。そして、生きる喜びをもう少し味わわなければいけない。
 ツァラツストラもロカンタンも、私には必要ない。私に必要なのは、ちょとばかりの冒険と友情と信仰。ただそれだけだ。これまでに経験した様々な苦悩や憂鬱も、絶望さえせず、虚無の淵に沈むような事さえなければ、いつかは私を成長させる糧となるはずだ。そして好む好まないに関わらず、年月は無情に過ぎていく。

「何年もたって思い返してみて、ある連中の言った言葉をもう一度とらえ直してみたい気持ちにさそわれることがよくあるものだ、さらに連中自身をつかまえて何を言いたかったのか尋ねてみたい気持ちに・・・・だが連中は影も形もない!・・・・僕らには彼らを理解するだけの教養がなかったのだ・・・」
ルイ=フェルディナン・セリーヌ -『夜の果てへの旅』より-

夜の底

 は、衣食住にあまり興味のない男だ。住む家だって、着るものにだって、食べ物にだって殆どこだわりがない。適度に清潔でありさえすれば、なんだっていいと思っている。だから、どこかに食べに行こう、どこがいい?などと親切に聞かれても答えに困ってしまう。当然だ。どこだってよいのだから。

 それでも、僕は自分の頭の中に降り積もった考えをどこかで吐き出さないと気がすまないらしい。だから、数少ない友人が一緒に食事でもしようと言った時、僕は迷わず飛びついた。勝手な人間だ、と思う。彼は焼肉でも食べようと言った。それで結構と僕は言った。彼は、今晩はおごるぜ、と空威張りしてみせた。僕は、ますます結構と思った。

 焼肉といえば、シカゴにあるのは韓国風焼肉ばかりで、日本スタイルというのはあまり見ない。しかし、3年ほど前に「牛角」がシカゴにオープンしていたのだ。彼は、そこに行こうという。韓国風も、日本風も僕にはほとんど意味のないことではあるが、ようはキムチがあるかないか、違いはそんなところだろうと思う。

 店は混んでいた。いやに目つきの悪いレジの女に45分待ちだ、とまるで死刑宣告のように言われる始末だった。それにしても他のレストランを探すのも億劫なので、すぐ上の階のバーで酒を飲んで時間を潰した。僕はマルガリータを注文し、水のように一気に飲み干した。30分ほどして、席が開いた、と牛角のスタッフから声がかかった。今度は、妙に身長の低いラテン系の女の子だった。

 店に入ると、そのラテン系の子は「いらっしゃいませ!」と日本語で大声を出し、僕らを座席に案内した。座敷だった。とりあえず、生ビールを注文し、それから60ドルの焼肉コースを頼んだ。メニューが英語であるところを除いて、全部、日本にいるみたいだった。リアルな、本物の日本。僕は焼肉をつつきながら、昔を思い出してなんだか妙に悲しくなった。そして焼肉をオートマティックに口に放り込みながら、馬のように咀嚼を繰り返した。焼肉は、おいしかった。

 それから僕らは、お互い好き勝手に話し続けた。彼が最近飼い始めた海水魚の話を始めれば、僕は自らの社交性のなさを嘆き、彼が結婚について話している間、ぼくはひとり政治の話をしていた。もうめちゃくちゃだった。誰も相手の話に真面目に耳を傾けるものはいなかった。はじめに飲んだマルガリータがまずかったのだ。それでも、お互いの話にろくに注意を向けないまま、丸2時間僕らは大いに語り合い、満足して店を出た。

 店の外に出ると、もう真っ暗だった。夜の底まで来ていた。シカゴは夜でも一様に騒がしい。ある者は家族と、ある者は恋人と週末の夜を楽しんでいた。自分だけを除いて、何もかも幸福と愛に包まれているようだった。僕はそれを見てさっきまでの酔いも興奮もすっかり覚めてしまった。誰からも、何ものにも相手にされない、理解されないだなんてたまったものじゃない。行き着く先は、孤独と死だ。こうして僕はげんなりとなって、一人夜の街を帰途についた。

“僕はたえず自分がからっぽになることを、つまり存在する真剣な理由が何ひとつなくなることを恐れつづけていた。いまや僕は現実を前に自分のむなしさを痛感しはじめていた。自分が暮らしなれたみみっちい環境とはあまりにもかけ離れすぎたこの境遇の中で、僕はみるみる溶け去っていくようだった。今にも自分が存在しなくなりそうだった、あっさり跡形もなく。”
-ルイ=フェルディナン・セリーヌ- 夜のニューヨークで
  

セミの脱皮
                                セミの脱皮

夏と人生

 気がつけば8月になり、何もドラマチックな事も刺激的な事もないまま、夏のおおよそ半分が過ぎようとしている。毎年のことではあるが、アメリカに来て以来、夏におおよそ特筆すべき思い出が作れないでいるのも、半分は自分の責任なのだ。というのも、私はアメリカの典型的な、いわゆる「夏の風物詩」があまり好きになれないからだ。

 私は、気だるい土曜出勤を任され、特に何をするでもなくオフィスの椅子に座りながら、ビルの外を眺めていた。太陽は攻撃的に町を照らし、ミシガン湖は青く輝いて見える。シカゴの夏は騒がしい。冬が厳しい分、夏にどうあっても楽しみたいという人々の欲求が爆発するのだろう。街角に立つパフォーマーやミュージシャンが様々な音楽を鳴り響かせ、その合間を肌を過剰なまでに露出させた男女が踊るように歩いてゆく。毎週末に映画祭や音楽祭が開催され、深夜まで騒音は途絶える事がない。しかし私としても、彼らに混ざって、音楽や踊りや食事を楽しみたいとも思えない。冷房の効いたオフィスでぼんやりするほうを好む。なぜかって、単純に人の数が多すぎるのだ。そう思うのは、怠惰だろうか。

 日本の夏の風物詩といえば、何だろう。海水浴やスイカ割り、花火。子どもであればカブトムシ狩りや何かであろうか。あまりに騒がしい場所はやはり苦手だが、日本の夏には愛着がある。あの魂まで腐らせてしまうような厳しい湿気を除けば、だが。

 人生は、幼い子供が思い描くほど、感動的でもドラマチックでもない。たいていの場合、映画のような人生を送る事はない。簡単に言ってしまえば、教育と労働の二つにひとつだ。それでも、多くの人は自分の人生が退屈だったなどと思いたくもない。本人が気づいていようがいまいが、人々はどこかで理想の人生を夢見ている。たとえば、社会的に自分の努力が認められることであったり、理想の伴侶とロマンチックな出会いをする事であったり、家族を作る事であったり、家を建てる事であったり。しかし、その通りになっていないとわかると、たいてい酷く腹が立つ。かといって、自分の人生に何も期待しないのは、あまりに虚無的だ。では、どうしようか。

ところで、ひとつ現実に返って、ぼくからひとつ無用な質問を提出することにしたい。安っぽい幸福と高められた苦悩と、どちらがいいか?というわけだ。さあ、どちらがいい?  ドフトエフスキー 「地下室の手記」より

初夏

 春がやって来た。冬の間は毛細血管みたいに地面から突き出していた葉のない街路樹も、薄汚れた絨毯みたいに茶色くまだら模様に染まった芝も、いつの間にか緑色に輝き始めた。夏を匂わせる大きな雲が空を悠々と過ぎてゆき、あたりは小鳥のさえずりで満たされている。我が家のすぐ裏には巨大な公園があって、ほとんど水たまりのような池もある。魚もわずかだがいるようだ。その周りを一人、ぼんやりと何を考えるでもなく歩いていると、ああこれが幸せだなあなどとふいに思う。

 私事だが、就職が決まった。渡米以来、工場でメキシコ系移民の皆さんと働いたり、土工をしてみたり、日系新聞社で記者やカメラマンの真似事をしてみたりして、いつの間にか5年近く過ぎたわけだが、今回はとあるフランスの保険会社で働く事になった。今までと比べ、待遇は格段に良い。今までに比べ、ではあるが。

 いままでろくにサラリーマンなどしたことがなかったので心配ではある。自慢じゃないが、まったく自信がない。よく面接に受かったものだと、私事ながら驚嘆している。いずれにせよ、お金が貯金できれば、またどこかに海外旅行もできるかもしれない。新しいスーツでも替えるかもしれない。壊れかけた車の修理もできるかもしれない。いろいろと夢は膨らむわけだ。
 
 まだ、この先の人生どうなることやら先が見えぬが、ともかく前に進むより他もない。

 裏庭

上記広告は1ヶ月以上更新のないブログに表示されています。新しい記事を書くことで広告を消せます。